スイミングゴーグルのVIEW

尾形 蘭 / フィンスイミング
日本選手権12連覇。フィンスイミング界のレジェンドが切り拓いてきた挑戦の歴史と、「生涯現役」の美学。

2026年8月28日

女子50mサーフィス日本選手権12連覇という偉業を成し遂げ、日本のフィンスイミング界においてレジェンドと称される尾形蘭さん。現在は、今も現役として戦い続ける「アスリート」として、そして「フリーのインストラクター」として、幅広い世代の心身の健康を育む指導を行っています。
高校で一つの区切りをつけた競泳から転向した背景や、「生涯現役」であり続ける強い美学とは――。今回は、尾形さんのこ れまでの軌跡と、競技を続けるその飽くなき情熱についてお話を伺いました。

情報がなかった時代の試行錯誤の歴史

尾形氏

フィンスイミング用品の企画・開発にも取り組む尾形氏

ーー 水泳を始めたきっかけは?

きっかけは兄ですね。4つ上の兄がプールを習っていた影響と、通っていた幼稚園にプール教室があったのが重なったのがきっかけです。小学校に上がるタイミングで、そのままスイミングクラブに入会して、そこからは中学校、高校と、ずっと選手コースで所属していました。

ーー そこからどのようにフィンスイムへ移行したのですか?

あくまで個人的な感覚ですけど、当時は「競泳は高校まで」という風潮があって、私自身も「本気で競泳に取り組むのは、高校までだな」と思いながら泳いでいました。そうした気持ちのまま高校を卒業し、進学したのがYMCAでした。(※東京YMCA 社会体育・保育専門学校:日本初のスポーツ・保育系専門学校。校内にプール施設を備え、水泳をはじめとするさまざまな競技に取り組める環境が整っている。)

とりあえずプールもあるし、泳ぐことが嫌いになったわけじゃないので、軽い気持ちでプールへ訪れると、フィンスイミングを指導していた先生から、「蘭ちゃん、これすぐ日本選手権にエントリーできるよ。ほい!」って言われて、フィンを渡されたんです(笑)。

ーー 本当に軽いきっかけで出会ったんですね!

競泳では全国大会の出場経験はあったけど、日本選手権には出られなかったので、ピンとこないですよね。それから、騙されたと思って約1ヶ月間 練習して、実際に日本選手権に出てみたらトントン拍子で決勝に残って、4位になっちゃったんです。先生も「ちゃんとやったら日本代表になれるよ!」って……「えぇ~!」という感じでした。

ーー その後は実際に日本代表として活躍されましたが、印象に残っている思い出はありますか?

実は、小学生から通っていたスイミングクラブに、競泳の背泳ぎでオリンピックに出場した仲間がいるんです。(※ 稲田法子さん:バルセロナ、シドニー、アテネの3大会に出場)初めてオリンピックに出場したバルセロナ大会の時は、彼女が中学2年生、私は中学3年生で、同じコースで一緒に泳いでいました。

彼女の活躍が、私の日本代表時代の励みだったんです。彼女が一度引退して復帰し、世界選手権の50m背泳ぎで銅メダルを獲得した時、私もフィンスイミングのアジア大会で銅メダルを獲得しました。戦うフィールドは違いましたが、同じ時期にメダルを獲れたことが、本当にうれしかったのを覚えています。

ーー 競技人生の中では、日本選手権12連覇という前人未到の記録をはじめ、2009年のワールドカップ優勝など、数々の偉業を成し遂げられました。その陰で、人知れず抱えていた苦労や葛藤はありましたか?

とにかく情報がない時代でした。国際大会に出場して、初めて新しい道具や知識に触れられるような状況だったんです。アジアは全体的に競技環境が遅れていて、海外の選手が履いているフィンは、見た目の形状からしてまったく違いました!「道具にこんなに差があるの、競技としておかしくない?」って(笑)。スマホもないのでごついデジカメを構えて、海外選手のことをずっと撮影していましたね。

当時、国内はいま以上に成熟していない競技だったので、海外から自由にフィンを購入すること自体が難しかったんです。いまでは一人ひとりの足を計測し、それに合わせてフィンをオーダーメイドするのが基本ですけど、当時はもちろんそんなことはできませんでした。既製品のフィンしかなかったので、自分の足をフィンに合わせるために靴下を履いてサイズを調整することもありましたね。

ーー まさに手探りの連続だったんですね。尾形さんは必要に迫られてオリジナルのフィンソックスも開発したそうですが、その経緯を教えてください。

そもそもフィンは緩めに履くと脱げてしまったり、足首に負担がかかるので、キツめに履く必要があります。そうすると、どうしてもつま先が痛み、常にストレスを抱えていました。そこで、この痛みを少しでも和らげるものはないかと思って東急ハンズへ行ったら、ウェットスーツに使われる生地(ネオプレン)が売られているのを見つけたんです。この生地を見た瞬間に、スキー用の「つま先冷え防止グッズ」を参考にして、フィン用のソックスを自作してしまおうと閃きました。

尾形氏が企画・開発したリバーシブル仕様のフィンソックス画像

尾形氏が企画・開発したリバーシブル仕様のフィンソックス

その後は思うがままに、自分の足型にチョキチョキハサミで生地を切って、ミシン針を何本折ったかわからないですけど、試行錯誤を重ねながら、なんとか形にしました。

それ以来、私がこのフィンソックスを使用しているのを見た他の選手からも「同じものがほしい!」と求められて、いまでは商品としても販売しています。

ーー 現場の課題やニーズが、そのまま商品開発につながっていくのは面白いですね!いまでは国内選手はほぼ100%このフィンソックスを使用していると伺いましたが、いまは外注されているんですか?

つい先日も納品してきましたけど、いまも私が全て縫っています(笑)!もう10年以上作り続けているんで、さすがに上手くなりましたね!

開発にも携わった【Blade】で体感した流水抵抗の違い

尾形氏が愛用するDSKカラーレンズ(写真は【Blade F】

尾形氏が愛用するDSKカラーレンズ(写真は【Blade F】

ーー ゴーグルを選ぶ時の基準などはありますか?

私は濃い色のレンズだと、頭がクラクラしちゃって集中できないので、色から入ります!「赤」とかはもうあり得ないですね(笑)。最近は基本的にSK [スモーク]系のカラーにしています。VIEWのDSKカラーは濃すぎないところが気に入っています。


あとは、私は絶対ノンクッションですね。フィンスイミングってものすごく顔に圧がかかるので、クッションがあると「ムニュ」っと動く感じがするんです。ノンクッションは私の顔の形状にピタッとハマる印象があります。

ーー 尾形さんには、VIEW の超ロングセラーモデル「Blade」(※ノンクッションレーシングゴーグル)の開発段階から、試作品を実際に泳いで評価する試泳テスターとしてご協力いただきました。当時のことを教えていただけますか。

【Blade】の開発担当の方から、私が所属するチームの代表に連絡をいただいたのがきっかけです。新しいレーシングゴーグルを開発するにあたって、流水抵抗を減らすために、競泳よりもスピードが速いフィンスイムで性能を試したいというお話でした。それからは「これ付けてみて、これ付けてみて」と言われるがままに、サンプルを装着しては試泳テストを何度も繰り返しましたね。

私は忖度しないので散々言いましたよ(笑)。「ここが当たって嫌だ!痛いです!」って、ずっと文句だけ言っていました(笑)。

ーー 完成した【Blade】を使用してみていかがでしたか?

フィンスイミングって少し太っただけでも、背中の肉の揺れを感じるんです。それくらいスピードが出るので、流水抵抗を肌で感じるんですけど、【Blade】を付けたときは「すごい!顔の前で水が流れている!」というのを実感しました。それを経験してから、今まで何も気にせず使っていたゴーグルをつけて泳ぐと「いままでここで、水が止まっていたんだ!」とはっきり感じるほど、抵抗を感じたのを覚えています。

ーー【Blade】を使用したことで、既存ゴーグルの欠点が見えたんですね。それからは【Blade】を使用しているんですか?

そうですね。色によってカーブレンズの【Blade F】を使用することもありますが、開発時は「ここが痛い!」「ここを削って!」と、文句ばかり言いましたけど、そうやって意見を聞いてもらって完成したという思い入れもあるので、これからも【Blade】シリーズ以外は考えられないですね!ちなみにいまもバッグの中に用途別に3つ【Blade】が入っています(笑)。

尾形 蘭氏 VIEWゴーグル使用遍歴

ーー こするだけでくもり止めが復活する「SWIPE ANTI FOG(スワイプアンチフォグ)」機能はいかがですか?

SWIPE機能も開発時に担当者の方に「こういう機能ができました」といって持参していただき、体験させてもらったんです。それまでは曇り止め液をつけるのが一般的でしたけど、目が痛くなる人も多くて。私も実際に目を真っ赤にしたりしてたんで、「すごい!」って。いまではVIEWでは当たり前の機能になっていますが、当時は本当に画期的だったのを覚えています!


若い世代にとっての「壁」として、生涯現役であり続けたい

現在も精力的にレースに出場している尾形氏

現在も精力的にレースに出場している尾形氏

ーー 現在の活動について教えてください

いまは選手としてフィンスイミングに取り組みつつ、スクールを主催して指導も行なっています。あとは、「ライフキネティック」という運動と脳トレを組み合わせたエクササイズの公認トレーナーの資格を持っているので、幅広い年齢層の方に向けてプールで楽しく体と脳を動かすプログラムを実践しています。

ーー「ライフキネティック」を活用したプログラムというのは?

私自身、どうやったら理想的な体の使い方ができるんだろうと、考えながら練習に取り組むのが好きなんですけど、体が動かないのは、フィジカル(筋肉)だけが問題じゃなくて、脳からの指令や神経の伝達が繋がっていないという側面が大きいんです。その脳を鍛えるために、ゲーム感覚で楽しめるプログラムを用意しています。

例えば、右に置いたボールを左手で、左に置いたボールを右手でつかみ、腕を交差させたままボールを真上に投げてキャッ チするとか。成功することが目的ではなく、普段したことがないような動きを考えながらやる。で、失敗したら大いに笑う(笑)。

真面目な顔して取り組むんじゃなくて、笑いながら脳を刺激してあげるのが、運動能力向上に一番効果的なんです。生徒さんは高齢の方も多いんですけど、おじいちゃん・おばあちゃんの健康維持やボケ防止にも最適だと思っています。だから私はいつも言ってるんです。「医療費払うくらいなら、プールに来て月謝払ってちょうだい!」って(笑)

ーー 心身を整える素敵な活動ですね!尾形さんは指導者としての顔を持つ一方で、いまもなお現役選手として挑戦を続けていらっしゃいますが、現役であり続けることへの想いを聞かせてください

日本選手権を12連覇していた頃は、「私は負けちゃいけないんだ」という使命を背負っているような気持ちでレースに臨んでいましたけど、いまは少しメンタリティが違うのかもしれません。連覇の記録が途絶えて、下の世代が育ってきたなと感じた時には「はい、どうぞ」という感じで、トップに居座らなくちゃいけないというプレッシャーはなくなりました。

一方で、トップの座を明け渡したとしても、簡単に勝ちを譲るつもりはないという気持ちもあります。若い世代にとっての「壁」でありたいという感情です。最近、若い子から「私たちが生まれる前から(蘭さんは)優勝してますよね」とか言われちゃうんですけど(笑)。「 そうだよ!だからあんたたちも早く私を抜きなさいよ、頑張んなさい!」って笑いながら言い返せるのが、いまの私のモチベーションですね。

ーー 今後の目標はありますか?

私は各スポーツ界のレジェンドたちを目標にしています。スキージャンプの葛西さん(※葛西紀明選手)とか、サッカーのカズさん(※三浦知良選手)とか。あの方たち、すごい競技を楽しんでいるじゃないですか。本当に好きなんだろうなというのが伝わってくる。あの姿を見ると、「私もまだやっていいんだな」「挑戦し続けていいんだな」と思えるんです。今はとにかくこの競技をやり続けることが目標であり、「生涯現役」でありたいなと思っています。

ーー 最後に、これからフィンスイミングを始める方にメッセージをお願いします

まずは、やってみてください!これに尽きますね!とりあえずやってみて、合わなかったら合わなかったでいいんです。とりあえずやってみて、ちょっとでも「面白い!」と思ったら練習しましょう!もう一緒にやりましょう!という感じですね。私も始めた頃は、本当に下手くそでした。でも、そんなできない自分が面白かったんです。できないことも含めて楽しんでほしいし、とにかく「楽しいと思えること」を実践してほしいなと思います!

尾形氏が所属するフィンスイミングチーム【 オレンジフィンスイミングクラブ】のメンバー

尾形氏が所属するフィンスイミングチーム【 オレンジフィンスイミングクラブ】のメンバー


日本選手権12連覇という偉業を成し遂げながらも、尾形さんが語ってくれたのは成功体験だけではなく、失敗や試行錯誤も笑顔で振り返り、「まずやってみる」という常に前向きな姿勢が印象的でした。挑戦すること自体を楽しむというマインドは、年齢や競技、スポーツの枠を超えて、多くの人の背中を押してくれるメッセージでした。

尾形氏画像
プロフィール
尾形 蘭(おがた らん)
■ 生年月日:1977年12月22日
■ 出身:埼玉県草加市
■ 所属:オレンジフィンスイミングクラブ
■ 主な実績
2001~2005年 フィンスイミング 日本選手権
200m サーフィス 5年連続優勝
2001~2009年 フィンスイミング 日本選手権
100m サーフィス 9年連続優勝
2001~2012年 フィンスイミング 日本選手権
50m サーフィス 12年連続優勝
2002年 フィンスイミング 世界選手権
日本人女子初ファイナリスト
2009年 フィンスイミング ワールドカップ
200m サーフィス 優勝
オレンジフィンスイミングクラブ
公式ホームページ

https://www.orangefsc.com